【お父さんが気がついた日】②


お父さんが変わった日の続きです。

ぜひ【お父さんが変わった日】①からお読みください。

 

俺はコンビニに走り込んだ。

「弁当、弁当」

呪文のように唱えながら弁当売り場に向かう。

朝の通勤のサラリーマンたちが弁当を買うために店は混雑していた。

「えっと、焼肉弁当・・・あーこれじゃダメだ。あ、おにぎりでいいって先生言ってたな」

おにぎりコーナの前で立ち止まると、横から後ろからどんどん手が伸びておにぎりがなくなっていく。

俺は慌ててツナのおにぎりと昆布のおにぎりを掴んでかごに入れた。

その横に小さなサンドイッチがパックになっているのを見つけたのでそれもカゴに入れた。

「あとは・・・あ、麦茶」

ドリンクコーナーで無事に麦茶を手に取りレジに向かって歩き出した。

するとデザートコーナーにパックのフルーツを見つけた。

「りんごなんかもあるんだ・・・」

俺はそのフルーツもカゴに入れ、会計を済ませた。

 

〜〜〜〜

走って園に戻ると、先生が事務室の前で大きく手招きしていた。

息を整えながら「買ってきました」と袋を先生に差し出した。

「さあ、お父さん。これに詰めてください」

先生は可愛い弁当箱をいくつかトレーに乗せていて、そこに俺を案内してくれた。

「保育園の備品ですけど綺麗にして熱湯消毒もしましたので大丈夫ですよ」

「あ、うつすんですか?パックに入ったの買ってきましたけど」

「お父さん。遠足はお弁当箱を開ける瞬間が楽しみのピークじゃないですか!」

先生は両手の握り拳を自分の胸の前でぶんぶん振りながら力説していた。

隣にいた先生もうなずいている。園長先生と誰だ?事務の先生かな?

 

先生はラップを引き出しながらさらに続けた。

「おにぎりはラップで巻きましょう。海苔をちゃんと巻いてくださいね。ツナと昆布いいですねー」

先生に言われるまま、おにぎりをラップで包み、小さいサンドイッチを弁当箱につめた。

「あ、りんご!お父さんいいですねー。大輝くんの大好きなりんごですね」

「あ、りんごが好きなんですか?大輝は」

俺の問いには誰も答えず、不器用につめた(本当にただつめただけの)弁当が完成した。

小さな巾着袋に入れ、先生が出してくれたフォークも添えた。

リュックも先生がどこからか持ってきてくれ、水筒に麦茶を移して無事に遠足の準備が終わった。

 

〜〜〜〜

「だいきくん。お弁当お父さんが作ってくれたよ。嬉しいねー」

先生はリュックを大輝に背負わせながら声をかけた。

大輝は相変わらず浮かない顔をしている。

「大輝くんの体調は大丈夫ですか?」

先生に聞かれて慌てて話す。

「あ、今朝なんかあんまり、っていうか全然食べてなくて、あの・・・」

「急な入院だったから大変でしたね。体調を見ながら気をつけていきますね。だいきくん。先生の隣でバスに乗ろうね」

先生と手を繋いで少し安心したのか、大輝はちょっと振り返って俺にバイバイをして遠足に出発していった。

 

〜〜〜〜

「疲れた」

俺は保育室の前のテラスに腰を下ろして座った。

久しぶりに走ったので、体がへとへとになっていた。

「遅刻確定だな」

スマホで時間を確認しながらつぶやいた。

「お父さん。遅刻ついでにちょっと寄っていきませんか?」

さっきの事務の先生が立っていた。

俺のつぶやきが聞こえていたらしい。

事務室に案内されて椅子に座った。

「主任保育士の桜井です」

そう自己紹介されて、俺は初めてその先生が主任保育士であることを知った。

「園長は遠足についていったので、私で失礼しますね」

桜井先生も椅子に腰掛けて、ゆっくりと話が始まった。

「急な入院だそうで、大変でしたね。さっきお父さんがコンビニに行っている間にお母さんから電話がありましたよ。安静なので車椅子で電話できるとこまで連れていってもらったそうですよ」

「あ、そうでしたか・・・申し訳ありませんでした。遠足なんて知らなくて・・・。妻も俺に言ってくれないから・・・」

妻の愚痴を言いかけたその時に、先生が遮るように話し始めた。

「お父さん。大輝くんとは、遠足の話はしなかったんですか?」

「え?あ、あー仕事が忙しくて、暇がないというか、なんというか」

「大輝くんとはまったく会えないくらいお帰りが遅いんですか?」

「あ、まーそうですね。接待とか、残業とか・・・でいきは寝てますね」

「そうですか。大変ですね。でもお母さんとはお話しする時間はありますよね」

「あ、まあ、はい。でも遠足のことは言ってくれなかったですねー」

「そうですか・・・」

先生はうんうんとうなずきながら、暖かいお茶を入れてくれた。

喉が渇いていたので、美味しい。

「お母さんと、大輝くんについてはお話ししていますか?」

「あ、なんていかう子育ては任せているっていうか、私も忙しいので・・・」

「そうですよね、直接的な毎日の子育てはお母さんにしてもらうことになってしまいますよね。でも、お母さんが悩んでいることとか、困っていることについては話し合っていますか?」

「悩んでいる?あいつが?」

先生はちょっと間を空けて俺の顔を見ていた。

「さっきの電話でお母さんに許可もらったからお話ししますね。許可っていうのも変な話でね。お父さんの家族のお話ですもんね」

なんだか変な緊張感があり、俺は椅子に浅く座り直した。

「大輝くんですが、少し言葉が遅いかなってお母さんが心配されていたんですよ」

「こ、と、ば?」

思いがけない話になんだか変な言い方になってしまった。

「まだはっきりとしたことはわからないですし、これから成長すればもっと言葉が出てくると思うのですが、お母さんは今の大輝くんの言葉が少ないことをとても気にしていますよ」

「あ、いや、なんか全然知らなくて・・・」

口ごもる俺を見て先生は続けた。

「お父さんは大輝くんの言葉が少ないなーとか思っていましたか?お母さんから相談を受けたりしましたか?」

「いや、あの・・・」

俺は次の言葉を続けられなくなってしまった。

言葉が遅いだって?

聞いたことないぞ?

いや、待て。

大輝ってどんなふうにおしゃべりしてたかな?

だって遅く帰ってくると大輝は寝てるし、なんならあいつだって一緒に寝てるぞ?

朝はものすごくバタバタして出かけちゃうしな。

休みの日は・・・・

あー疲れて一日寝てるな、俺。

最後に一緒に出かけたのは・・・いつだったかな。思い出せないや。

「お父さん」

先生が優しい声で続けた。

「忙しい中で向き合う時間を取るのって難しいですよね。本当に大変なことだと思います。でも、お母さんは同じように仕事をして、忙しい中で大輝くんの発達に悩んで、でもお父さんには話す時間がなくて、とて辛かったかなと思います」

先生の優しい声を聞きながら俺は思った。

時間がなかったんじゃないな。

俺が面倒くさくて聞かなかったんだ。

今日の遠足のことだって、昨日病室で言おうとしてなかったか?

色々な考えが渦巻いて俺は何も言えなくなってしまった。

「お父さん。今日知ることが出来てよかったですね。そして、さあ、お父さんの戦いが始まりますよ。お母さんの退院はまだいつになるかわからないようですからね。

今日から大輝くんとたくさん関わらなくちゃなりませんよ。」

先生に言われてはっと我にかえった。

そうだ退院するまで、俺が全部やらなくちゃならないんだ。

「お父さん、まずお母さんの病院に行って、話をしましょう。あ、身体を労りながらですよ。難しい話はもう少し先にして、大輝くんの家での生活に必要なことを聞いてきてくださいね。

洗濯機の使い方わかりますか?」

最後はイタズラっぽく笑いながら、先生は話してくれた。

「あの、はい!話してきます。あの洗濯機わからないです!」

先生はひとしきり笑った後、少し真面目な顔に戻って話を続けた。

「今お母さんは不安だらけですね。大輝くんも心配。お腹の赤ちゃんも心配。そしてお父さんのことも心配ですよ。ドーンと任せとけって言ってあげたいけれど、なかなか出来ないですよね。だからお母さんとたくさんたくさん話をしてくださいね。まずはそこからです」

「はい」

俺は勢いよく立ち上がって先生にお辞儀をした。

「ありがとうございました」

 

〜〜〜〜

俺は会社に電話をして今日の有給をもらった。

まずは病院に行こう。

何から話せばいいかちょっとわからないけれど、とりあえず今日の弁当の話からしようか。

なんだか俺の知らない別の暮らしがそこにあったのかもしれないと思った。

俺の家族なのに。

病院へ向かう途中で、思い立ち後輩と同期の山崎に電話をした。

「昨日はありがとう。詳しいことは後で聞くし、俺も話すよ。とにかく今はありがとな」

スマホをポケットにしまって歩き出す。

俺は松野大輔。

大輝のお父さんで、妻早希の夫です。

 

終わり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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