ひよりのイヤイヤに付き合う日は相変わらず続いている。
ママ友に聞くと「イヤイヤ期なんてそんなもんよ。過ぎれば懐かしくなるって。大丈夫」という言葉は違えど似たような答えが返ってくる。
育児雑誌には「イヤイヤ期は成長に大切な時期です!」と書いてある。
そんなのわかってる。
でも、ひよりのイヤイヤに付き合っていると時間はあっという間に過ぎてしまうのだ。
食べない!寝ない!着替えない!脱がない!トイレいかない!片付けない!
はじめのうちは目と目を合わせてじっくり話したり、抱きしめてみたり、時には好きなだけ自由にさせてみたりもした。
でも何一つうまくいかないのだ。
私の中のイライラが増えて、家事が進まなくて、部屋がどんどん荒れていくだけだった。
「うちの子はどこかおかしいの?」
そう誰かに聞きたくても聞くことはできない。
簡単に聞けることではないし、きっと「そんな時期だよ」で片付けられてしまう。
「じゃあ私がおかしいの?」
そんな考えも時折私を苦しめる。
世の中のお母さんは、ニコニコと子供と接している。
怒鳴らないし、子供もお母さんの言うことをよく聞いている。
そうか、私がダメなお母さんなのか・・・
・・・・・・・・・・・・・・
「ねえ、ご飯できたけど」
ソファーでスマホを見ている夫に声をかけた。
またゲーム?心の中でそう思いながらさらに声をかける。
「ねえ、テレワークなくてリビングにいるときくらいすぐにご飯食べてよ。あ、ひよりをつれてきて。ねえ聞いてるの?」
私の声が聞こえていないのか、無視しているのか、夫はゲームの手を止めない。
イラッとした私は、先にひよりを椅子に座らせることにした。
どうせ声をかけても来ないので、抱き上げて椅子に座らせた。
「いや!食べない!」
案の定ひよりは椅子の上で身体をくねらせはじめた。
まただ、そう思いながらひよりの前にお皿を並べる。
「食べなさい!」
今日は買ってきたお惣菜ではなく、久しぶりに手作りをしたハンバーグだ。
ひよりが好きなハンバーグならばすんなり食べてくれると思ったからだ。
「ハンバーグ好きでしょ」
お皿をひよりの方に寄せるようにして見せた。
「好きじゃない!いらない!」
ひよりは身体をくねらせてイヤイヤをした後、皿を手ではねのけた。
いや、手が当たっただけかもしれない。
しかしお皿はテーブルから滑り落ちそして割れた。
ガチャンと嫌な音が響いた。
私の心の中で何かがプツンと切れた。
「何やってるのよー!」
自分でも驚くほどの大きな声がでた。
テーブルの上にあったひよりのフォークを手にとると、私は強く床にたたきつけた。
「いいかげんにしてよ!」
さっきよりも更に大きな声がでた。
本当は誰かをなぐりたかったのかもしれない。
それは泣き叫んでいるひより?
ソファーの前で立ちつくしている夫?
それともいままでに知ることのなかった、今の私?
私は肩で息をしながら、床に座り込んだ。
自分の叫び声に自分で驚いたのかもしれない。
心臓がドキドキしている。
自分で自分をコントロールできない、そんな感じになってしまっていた。
「お、おい。な、なんで。え?ど、どうして・・・」
夫はあまりに驚いたのか、うまく言葉にならないようであった。
「知らないわよ!ひよりが悪いのよ!」
声のボリュームが下がらない。喋ると大きな声になってしまう。
「いや、そうだけど・・・」
夫が何か言いかけたその時に不意に玄関でチャイムが鳴った。
「え、誰?え、ちょっと待って」
夫はこちらを気にしながら、玄関へと向かった。
私は腰が抜けたようになってしまい、立てなかった。
息だけが荒くなりうまく呼吸ができなかった。
ひよりは泣き叫んでいる。
「おい、なんか児童相談所の人が・・・」
夫がそう言いながら戻ってくると後ろからスーツ姿の知らない女性と男性が入ってきた。
「何?誰?なんで中に入れたの?」
夫に向かって尋ねる。
「いや、なんかお子さんが心配だから・・・ひよりの顔を見ないと帰れない・・・って・・・」
ドキドキしていた心臓の鼓動がさらに速くなる。
背中に冷たい汗が流れるような感覚があった。
私虐待を疑われているの?今?今の声が聞こえたの?
心の中でぐるぐると考える。
なんで?なんで今この人たちがここにいるの?
私はどうなってしまうのだろう。
お母さんが泣いた日 3へ続く
この物語はフィクションです