「ずっとひよりに会えないわけじゃないんですよね?」
田中さんにひよりを預かると言われた夫は、そう聞いた。
「もちろんです。ひよりちゃんは一時保護として預からせていただきます。児童相談所は虐待をしている親から子供を引き離すことだけをしているんじゃないんですよ。保護者の方が一時的に養育が困難になった時・・・例えば急な入院とか、体調不良とかですね、そんな時にSOSがあればお子さんを緊急で保護します。それに、私たちはさまざまな理由で離れてしまわなければならなかった家族を、また一つ屋根の下に返すためのお手伝いもするんです。
お母さん、お父さん。今はまずゆっくりと気持ちを整えて、また明日これからのこと相談しませんか?」
「虐待って思われてないんですか?」
絞り出すように私は田中さんに尋ねた。
「思っていませんよ。もし虐待だと思ったら私たちは有無を言わせずにひよりちゃんを連れて行きます」
私と夫は目と目で会話するように頷きあった。
「お願いします」
二人同時に頭を下げた。
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泣きながらチャイルドシートに乗せられたひよりの声が、まだ耳に残っている。
夫は割れた皿を黙々と片付けていた。
私はぐったりとソファーに座り込んでいた。
「なんか・・・」
割れた皿を片付け終わった夫が口を開いた。
「なんか、何が何だかわからないんだけど・・・、やっぱり・・・虐待を疑われているってことなんだよな・・・」
私の顔をチラリと見ながら夫は続けた。
「お前ひよりを叩いてたのか?」
その言葉を聞いた私は、目を見開いて夫を睨みつけた。
「一体!いつ!私が!ひよりを叩いたのよ!!」
「怒鳴るなよ。聞いてみただけだろ」
「ひよりは毎日泣くのよ!あれが嫌、これが嫌、何もかもが嫌って!あなたは!あなたは何かしてくれた?ねー!何かしてくれたの?」
夫はうつむいている。
「俺は、お前がやってくれてるから、いいと思って」
「私いつもあなたに頼んだよね?これをしてほしい、あれをやってほしいって!あなたは何をやってくれた?口を開けば仕事があるから!リビングにやっと来たと思ったらゲーム!ゲーム!ゲーム!」
夫はため息をついて立ち上がった。
「風呂入ってくる」
私は夫がドアを閉めたのを確認した後に、クッションを思い切り投げつけた。
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朝、職場に体調不良ということで休みをもらい、私たちは児童相談所にやってきた。
電話に出た木戸さんの不機嫌な声が頭の中で何度もリピートされる。
児童相談所は役所の支部のような建物の中にあった。
ざわざわとした場所だが、子供の姿は見えない。
ひよりはどこにいるんだろうか。
入り口近くにいた職員に名前を告げるとソファーで待つように言われた。
昨日の田中さんが来てくれるのだろうか。
なんだか警察で取り調べを受けるような、そんな気持ちになってきて緊張が高まってくる。
やっぱり虐待を疑われているのだろうか。
私はひよりを叩いたりはしていない。
叩いてはいないが、乱暴にソファーに下ろしたり、手を引っ張ったりしたことはある。
それも虐待なんだろうか。
しばらくすると奥から田中さんと山口さんがやって来た。
よかった田中さんだった・・・私はほっとする。
「今日はありがとうございます。お仕事はお休み貰えましたか?」
部屋に案内されながら、田中さんに声をかけられる。
改めて見ると、田中さんはなんだか実家の母に似ている。
優しい笑顔のお母さん。
山口さんは、昨日よくみていなかったけど結構ベテランなのかな、髪に白髪が混じっている。
通された部屋は日当たりのいい白い壁の小さな個室だった。
大きめのテーブルが置いてある。
「好きなところに座ってね」
窓のロールカーテンを半分閉めながら田中さんが言った。
「日当たりが良過ぎて眩しいんですよ、この部屋」
和やかな雰囲気で私たちの面談は始まった。
お母さんが泣いた日5に続く
この物語はフィクションです