保育園での自由遊びの時間、ある子供がブロックに躓いて転び、私にぶつかりました。
突然のことだったので、私もびっくりし、「いたっ」と声を上げるとその子が謝ります。
「先生、ごめんね。」
「いいよ、いいよ。だってN君わざとにしたんじゃないから。」
私は言いましたが、その子は何度も何度も謝ってきます。
「大丈夫大丈夫、N君の気持ちは分かったから。」
と私がいうと突然、隣にいたMちゃんがいいました。
「先生、N君の気持ちがわかるの?そしたら私の気持ちがわかる?私の気持ちもわかって!」
そういって、にらみ上げるように私をじーっとみつめました。
Mちゃんはひとりっこ。
パパとママが大好きで、いつも私に週末家族で遊びに行った話をしてくれました。
ママも保育園のお帳面を毎日欠かさずMちゃんの様子を書いてくれていたり、行事に積極的に参加してくれたり、とても熱心な子供思いのご両親だと感じていました。
あの出来事は、卒園式間近の3月。
Mちゃんはもうすぐ小学校にあがります。
確かに、最近表情が暗くて、私に対しても反抗的な態度をよくとるようになっていました。
お友達の輪に入れず、一人で遊ぶことも多くなっていました。
最初、「保育園を卒園するからさみしいのかな?」と思っていたのですが、Mちゃんの言葉から何か別の感情が感じ取れたのです。
Mちゃんの眼は、明らかに私に何かを訴えている眼でした。
その後、4月の小学校入学に向けて、保育園側と小学校側との引継ぎがあり、各学校の先生が子供の様子を尋ねに来られました。
(確かMちゃんのお父さんも学校の先生だと聞いていたがー。)
ふと、Mちゃんのことが頭に思い浮かびました。
ある小学校の先生との引継ぎの時、印象に残った先生がいました。
その先生はいいました。
「僕は一人でも欠席した子がいたら、その子が何の理由で休んだのか必ず子供たちに話します。そして学校にこれた日に〇くんよくなった?大丈夫?とお互いに声を掛け合い、一人でも仲間外れになる子がいないように配慮します。」
とっても人間味のあるやる気十分の先生で、子供の気持を理解してくださるにちがいないと思い、このような先生に子供たちを預けたいとその時は本当に思いました。
「私の気持をわかって!」といったMちゃんのことが気になり、その心が知りたくて、私は母親に連絡をとりました。
「実は…今離婚協議中で主人と別居中なんです。」
母親は言葉を濁しながら話してくれました。
そして、よくよく話をきくと、驚くことに私が先日話した小学校の先生こそが、Mちゃんの父親だったのです。
Mちゃんは本当は私にこう言いたかったでしょう。
「パパのいない私の気持をわかってよ!先生!」
私はそのことを知ったとき、涙があふれて止まりませんでした。
パパ大好きだったもんね。
いつもパパのお話をしたり、一緒にお出かけしたり、楽しそうに話していたもんね。
そのパパがあの学校の先生だったとは。
ショックで言葉を失いました。
「一人でも欠けたら僕はクラスとして成り立たないと思っているんです。」
あの言葉は一体何だったのだろう。
一番大事なのは家族を守ることではないのか。
もっと早くMちゃんの心の叫びに気づいてあげればよかった。
もうすぐ小学校に上がるのに、本当にごめんね。
気づくのが遅くてごめんね。
私は何度もMちゃんに心の中で謝りました。
「私の気持ちもわかって!」
あの時のMちゃんの言葉が忘れられません。
私が「N君の気持ちはわかったから」といったことで、Mちゃんの中で思いがあふれ出し爆発したのでしょう。
それから数年後、彼女と会う機会がありました。
「先生、私、大きくなったら学校の先生になりたい。お父さんと同じ道を歩きたい。だって、お父さんのこと大好きだから」
彼女はそういいました。
大好きなパパとママが離れてとてもつらかっただろうに、自分をふるい立たせ、パパと同じ道に向けて歩みはじめた彼女。
その彼女の目はまっすぐ未来をむいていました。