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第1章 子供たちが自分たちで決める運動会
運動会には、必ず開会式、閉会式があります。
私の勤務している保育園では、それを1つの種目として位置づけ、年長さんが子供たち同士で話し合い、それぞれの役割分担を決めます。
開会式では、
- はじめの言葉「今から僕たち、私たちの運動会を始めます」
- ちかいの言葉「僕たち私たちは最後まで力いっぱい頑張ります」
- 運動会の歌
- 準備体操
閉会式では
- 整理体操
- おわりの言葉「これで運動会をおわります」
という風に、子供たち主体で運動会が始まり、そして終了します。
さぁ、子どもたちで話し合いが始まりました。
その日のお当番さんが司会を務めます。
「皆さん、何がしたいですか?」
手を挙げて、ひとりひとり発表していきます。
「私、歌が好きだから、運動会の歌がいい!」
「僕、体操が得意だから、パパやママの前で体操がしたい!」
「僕は誓いの言葉がいい!」
ひとりひとり、自分のしたいことを発表し、にぎやかな子供会議が始まります。
ところが、T君は、人前でしゃべるのも苦手、歌も嫌い、体操も苦手…
とにかく、人前に出る事が自分にとって、とても恥ずかしく、緊張するのです。
とうとうその日、T君は発表できずに、ずっと下を向いたまま子供会議は終わりました。
次の日、Sちゃんが私にいってきました。
「先生、私、Tくんと一緒に誓いの言葉しようと思うんだけど…」
「Tくんがそういったの?」
私はSちゃんに聞きます。
すると、
「だってね、Tくん、どこにも入るのが嫌だって言ってなかなか運動会のこと決まらないし。私が一緒にしようと思って!T君は黙っていたけど。」
私は言いました。
「うーん、はじめの言葉って、運動会が今から始まるって一番に言うんだよ。Tくん大丈夫かなぁ。」
「わからないけど、私がいるから大丈夫じゃない?」
Sちゃんはニコニコ。
さすが!いつも主体的なSちゃんの温かい言葉です。
「じゃあSちゃんに任せるね。」
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第2章 運動会の役割決定!練習開始!
とうとうT君はSちゃんの前で断ることもできず、うなずいてしまったようです。
さあ、運動会の練習が始まりました。
放送の先生が「初めの言葉」と言うと、2人一緒に走って全園児の前に立ち、運動会が始まることを伝えなければなりません。
「僕たち、私たちは最後まで力いっぱい頑張ります!」
出だしの「僕たち」のところはT君が言わないといけないのです。
そうしないと先に続きません。
しかし、Tくんはどうしても言葉が出ないのです。
Sちゃんがとうとう全部言ってしまうという状態が続きました。
前に出るときも、SちゃんがT君の手を引いて前に出ています。
T君の気持を考えると、みんなで楽しい運動会にすべきではないのか、と私はメンバーチェンジをしようと考えました。
Sちゃんも、「二人で頑張るから!」といった手前、ずいぶん落ち込んでいる様子です。
でも、Sちゃんも責任を感じたのか、Tくんを呼んで二人で一生懸命練習している光景が度々みられるようになりました。
その2人の様子をみて、私は、心を打たれ、
「T君が本番でみんなの前で言えなくてもいい、一生懸命最後まで頑張ることに意味があるんだ」
と考えを改めました。
第3章 これが私たちの力だよ!!
練習を続けていたSちゃんとT君。
なかなか言えずにいたT君ですが、とうとうそのまま本番当日を迎えてしまいました。
ついに運動会開始の時間になりました。
T君とSちゃんの「はじめの言葉」。
私はドキドキしながら、その様子を見守っていました。
すると…
Tくんは「ぼくたち!」とはっきりと大きな声でいうことができたのです!
何よりも喜んでいたのはSちゃん。
T君ににっこり笑ってOKサインをしていました。
運動会が終わってSちゃんがTくんに大きな声で叫びました!
「T君!これが私たちの力だよ!」
そういって、大きな声で言い、いきなり泣き出したのです。
私はその様子をみて、すごい言葉だと涙があふれそうになりました。
おわりに
運動会の成功を願う私たちは、すべて完璧を望みます。
出来ないなら、出来る子に!
私は最後までT君を見放さずに励ましてくれたSちゃんの優しい気持ちに感謝しかありませんでした。
子供たちが私に教えてくれました。
「先生、私たちを信じて!」
出来ないことは何もない。
この子はこういう子だと決めつけないで、子供の可能性を思い切りひきだすこと―それが私たち保育士の使命だと思います。