1.手話との出会い
年長児のNちゃんのママはろうあ者です。
耳も聞こえず、しゃべることもできないので、その為か、保育園の送迎はいつもおじいちゃんかおばあちゃんが来てくれます。
今までの運動会やお遊戯会はその祖父母のみの出席で、ママが来られたことはなく、私もお会いしたことがありませんでした。
私は思い切ってNちゃんに尋ねました。
「最後の運動会たけど、Nちゃんのママは応援にきてくれないかなぁ。」
すると、「ママ、わかんないんだって。おばあちゃんがそう言ってた。」
私はハッとしました。
親が行事を見に来てくれない子どもの気持ちばかり考え、ママのおかれている状況を深く考えていなかったからです。
ママの切ない思い、参加してもただ座っているだけで伝わらない悲しみ、なによりもわが子が他のママと比べてしまい、つらい思いをするかもしれない。
私たちには理解できない複雑な気持ちが交錯し、思い切って一歩が進めないのかもしれません。
私は、Nちゃんの担任として出来ることはしてみよう!Nちゃんのママの気持ちに少しでも近づきたい、そう思い、ろうあ者の方と会ってみることにしました。
それは手話との出会いです。
「手の動き」「身体の動き」「顔の表情」など全身を使って一生懸命表現しているろうあ者の方々。
きちんと手話を通してコミュニケーションがとれているのです。
「Nちゃんのママに寄り添いたい!」
わたしはその日から手話の勉強会にいくようになりました。
まず、挨拶や日常会話の練習。
練習を重ねるうち、子供たちにとって、これから先、いろいろな障害をもった人と出会う機会があるだろう、そんな方々とコミュニケーションが取れる手話を子供たち全園児に必要なのではないか、私はそう思い、職員会議で保育の一環として手話と取り入れてみてはどうか、Nちゃんのママのことを伝えて提案しました。
2.保育のなかで手話を取り入れる
それから保育のなかで手話が少しずつとりいれられるようになりました。
まず、朝のあいさつです。
「先生、おはようございます。皆さんおはようございます。」
帰りのあいさつです。
「先生、さようなら。みなさんさようなら。明日元気に会いましょうね。仲良くあそびましょうね。」
慣れてくると、子供たちは、先生やお友達と顔をあわせるたびに、とっても嬉しそうにあいさつできるようになりました。
そして、行事で、ろうあ者の方においでいただき、なぜ手話が必要なのか、触れ合う目的も含めて楽しい時間を過ごしました。
毎日の保育園で歌ううたと、お遊戯会での歌も「手話の会」の方にアドバイスいただきながら、取り組むようになってきました。
3.こどもと保護者に寄り添う保育
Nちゃんにとっての最後の運動会。
しかし、Nちゃんのママは姿をみせてくれませんでした。
月日が経ち、今度は年長さんにとって最後のお遊戯会があります。
そこで、私は、一人ひとり自分の名前を指文字で自己紹介することに決めました。
「Nちゃんにとって最後の発表会であること」「Nちゃんのママが一緒に参加できるようなお遊戯会にしたいこと」その旨を伝えて、ぜひ見に来てほしいとお願いをしました。
そして迎えたお遊戯会当日。
Nちゃんのママが座ってじーっとステージをみていらっしゃいます。
私は、嬉しくてたまりませんでした。
劇は「さっちゃんの魔法のて」です。
時折、手話をいれて、劇で演じます。
Nちゃんのママの目から涙が零れ落ちるのも見えました。
覚えたての手話で一生懸命演技をする子供たち。
会場からすすり泣くような声も聞こえます。
会場から沸き起こる拍手があったことをいまだに私はわすれることができません。
最後のお別れ遠足もNちゃんのママはきてくれました。
ママもNちゃんもとびっきりの笑顔!
私も手話を使ってぎこちないながらもNちゃんのママとお話をすることができました。
ママは「嬉しい、嬉しい、ありがとう!」と胸の前で両手を上下にうごかし、手を合わせ何度も御礼をいってくださいました。
こどもとその親に寄り添う保育…最初はなかなか保護者の方もこころを開いてくれず、トラブルが多いかもしれません。
でも子供のこころに一生懸命寄り添うことで、その真剣さがきっと保護者の方に伝わります。
保育の学びとは、1人ひとりみんな違う子どもを大切に見守ることです。
親も子も、そして私たちも一緒に学びあうこと、Nちゃんのママはそれを教えてくれました。