お母さんが泣いた日3〜突然の訪問者〜


「お母さん急にごめんなさいね。児童相談所の田中です。こちらは山口です」

女性は胸にかけてある職員証を見せながら自己紹介した。

後ろで男性も微笑みながら会釈していた。

 

「お皿割れちゃいましたね、危ないからソファーに行きましょうか」

田中さんは私の腕を取って立たせてくれた。

少しよろけながらソファーに腰を下ろす。

「お父さん、ひよりちゃんを抱っこしてこちらに来てくれますか?」

夫は慌てたようにひよりを抱っこして来た。

少し離れたところでカーペットの上に座った。

 

夫が座るのを待って田中さんが話し始める。

「今日伊藤さんのところにお邪魔したのは、ひよりちゃんのことで何か困ったことがないかうかがう為だったんですよ」

 

「ひよりのことでですか?それって何か虐待とかのことですか?」

夫が聞いた。

「虐待を疑ってきたということではないんですよ。ただ、ここのところものすごい泣き声が聞こえるから心配・・・というお話があって、それで何か困ったことがあるならお力になれるかと思って来たんです」

田中さんは優しい声で答えた。

「玄関のところまで来たらお皿の割れる音が聞こえたので、何か緊急に困ったことが起きたのかと思いまして、お父さんに中まで入れてもらったんです。急にごめんなさいね。驚いちゃいましたよね」

田中さんは私の横に座って、私に向かって話を続けた。

 

そして今度はひよりに向かって話し始めた。

「お皿パリーンて割れてびっくりしたねー。お皿の割れたの飛んでこなかったかな?お父さんに痛いとこないか見てもらおうか」

「お父さん、ひよりちゃんが怪我していないかみてもらえますか?」

今度は山口さんが夫に向かって話し始めた。

「あ、あ、はい」

夫はひよりの袖をまくったりズボンをたくしあげたりして傷ついてないか確かめた。

ひよりはいつの間にか泣き止んでいる。

「大丈夫みたいです」

「よかったねー、ひよりちゃん」

田中さんは笑顔でひよりに声をかけた。

そして山口さんと目配せをすると

「お父さん、少しだけひよりちゃんとそちらの方で遊んでいてもらえますか?山口も一緒にいさせてください」

そちらと言ったのは、リビングの横の小さい和室だった。ひよりのオモチャがそのまま転がっている。

ひよりを連れた夫は、山口さんと一緒に和室に入って言った。

話し声は筒抜けだが、ひよりに話を聴かせないための配慮なのだろうか。

 

「お母さん少し落ち着きましたか?お話できそうですか?お皿が割れちゃった時のお話してくれます?」

「お皿は!ひよりが!おとしたんです!」

まだ息が苦しくてスムーズにはなしができない。

 

「そう。ひよりちゃんがお皿をおとしちゃったんですね。それは嫌でしたね。せっかく作ったハンバーグだったのにね」

 

「ひよりはなんでも嫌って言うんです。座るのも食べるのも!お皿を手で落として!私!ハンバーグ作って!手作りで!でもひよりは落として」

 

次から次へと話したい事がでてくるのに、うまく文章にならない。

 

「ひよりちゃんはいつもイヤイヤってなっちゃうのね。そんな時お母さんはどうするの?」

田中さんは優しく問いかける。

「叩かない!叩かないです!私虐待してないです!一度も叩いてない!怒るけど叩かないです!」

児童相談所は虐待された子を連れて行ってしまうということを急に思い出し、私はとても焦っていた。

自分は虐待していないという事をわかってもらわなければ!ひよりが連れていかれてしまう。

私、ダメなお母さんになってしまう。

 

「うんうん。お母さんは叩いてないね。ひよりちゃんはどこも怪我してないね。大丈夫よ。お母さんが虐待してるなんて思っていないよ」

田中さんはいつの間にか私の背中を優しくさすっていた。

私は無言でうなづいた。

 

「児童相談所にね、ひよりちゃんが毎日たくさん泣いてますよーっていう心配する電話があったんです。私たちも心配になったからね今日お話を聞こうと思ってきたんですよ。そしたら、たまたまお皿が割れて大変な時だったのね」

私はまたうなづいた。

「お母さん、明日ゆっくりお話できるかな?

今日は疲れたでしょ?それでね、ひよりちゃんを私たちで一晩預かってもいいかしら?」

預かるという言葉に驚いて田中さんの顔を見る。

「預かるだけよ?ひよりちゃんをお母さんから取り上げちゃうわけじゃないの。お母さんとお父さんもゆっくりお話した方がいいと思うんだけど、ひよりちゃんがイヤイヤしてたらそんな時間もないでしょ?大丈夫。預かる所には保育士がいて、ひよりちゃんが安心できるようにするからね」

 

私は和室にいる夫を振り返る。

「どうしよう」

かすれた声で問いかけた。

 

私たちは今、何かをためされているのだろうか。

 

お母さんが泣いた日4へ続く

 

この物語はフィクションです

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