自分で自分が好きになれる子に育てよう ~自己肯定感~


あなたにコンプレックスはありますか?
他人の方が優秀だと考えて落ち込むことはありますか?
○○さんみたいになれたらな~と思うことありますか?

私の答えは全部「YES」です。
「YES」と答える人がほとんどだと思います。

では質問を変えます。
あなたは自分が好きですか?

私は胸を張って「YES」と答えます。
「え?コンプレックスがあるのに?」と思った方はいますか?

そうです。
コンプレックスがあって、誰かと比べて落ち込んでもそれでも私は私が大好きです。
この「自分が好き」と言う気持ちを「自己肯定感」と呼びます。

 

自己肯定感は生まれたその時から育つもの

赤ちゃんはこの世に生まれると、大人の世話を受けなければ生きていけません。
お腹が空いたと泣くとミルクがもらえ、オムツが気持ち悪いと泣けば替えてもらえ、不安だと泣けば抱っこして安心させてもらえる。
ニコニコしているだけでも優しく抱っこされたりもします。
この自分の欲求を毎日満たしてもらうことで、実は「自己肯定感」も育っているのです。

赤ちゃんのお世話に見返りを求める人はいますか?
「もっとおとなしい子じゃないとオムツ替えない」とか
「ギャンギャン泣かないで教えてくれなきゃお世話しない」とか・・・

私は聞いたことがありません。
赤ちゃんはそこに存在するだけで、お世話されるに値する大切な存在なのです。
ただ、泣いていてもなかなか世話をせず放置しているとそのうちに泣いて訴える事をしなくなる赤ちゃんもいます。

「サイレントベイビー」です。
言葉は話せませんがきっとこう言っているはずです。
「私は、お世話される価値のない人間なんだ」
「泣いたって仕方ないんだ」

「自己肯定感」が全く育ちません。
スタートは生まれたその時からなんだと覚えておいてください。

 

競争が強いられる世界で

無条件のお世話の世界ですが、割とすぐに「他人と比べられる」時期がやってきます。
「うちの子まだ寝返りしない。Aちゃんはできるのに」のように、親は他人と自分の子を比べて一喜一憂し始めます。

早くても遅くてもその子のペースで発達していれば問題ないのですが、気なって仕方ない親の気持に問題があるのです。

 

~~できてえらいねー、いい子ねーという呪縛の言葉

年齢が進んでいくと、比べられるのと同時に褒められることが増えてきますね。
「トイレでおしっこできた。えらいね」
「一人でご飯食べたいいこね」
「洋服着替えてえらいね」

たくさんの「えらいね」「いい子ね」が聞こえてきます。
では今の言葉を「できなかった時」に言い換えてみてください。

「おしっこ漏らしたの?なんでトイレでしないの?ダメな子ね」
「食べさせないと食べられないの?もう大きいのにおかしいわ」
「早く洋服着替えなさい。出来ないの?」

あれれ、なんだか胸が痛くなる言葉です。
どれも子どもに悪気はないのに。

では「えらいね、いい子ね」を使うのをやめてみましょう。
そして、出来なかった時の言葉も考えてみます。

「おしっこトイレでできたね。いっぱい出てスッキリしたね」
→「トイレ間に合わなかったね。パンツ濡れて気持ち悪いね取り替えようね」

「一人でもりもり食べられたの?いっぱい食べて大きくなるね」
→「今日は食べさせて欲しいの?3歳だからきっと大きい口だろうなー。みたいなー。
あっすごい大きい口だね。お母さんがお口に入れてあげるぞー。美味しいね」

「もう着替えられたの?わっカッコいいね。ボタンもできたね」
→「あら?着替えまだなの?あっボタンが固くて難しいかな?一番上お母さんとめてみようか」

わかりましたか?
「いい子」の反対は「悪い子」になってしまいます。
でも、できた事を「共感」する言葉の反対は、これもまた「共感」なのです。

 

「共感」のすごいところ

悪い子という印象をつけられてしまうと、「いい子じゃないと褒めてもらえない」と思うようになってしまいます。
しかし「共感」は失敗したことや、今はやりたくないことまでも「理解」してくれるのでいい子である必要はないのです。

いい子の必要がないということは、どういうことでしょうか。
悪い子でいい?
いいえ。そのままでいいということです。

あなたはあなたのままでいい。
あなたはあなただからいい。
あなたのままのあなたが好き。
失敗したってあなたが好き。
できなくたってあなたが好き。
できるあなたももちろん好き。
どんなあなたでも好き。

なんの見返りがなくてもお世話されていた赤ちゃんの頃となにひとつ変わらないのですね。
どんどん自分を好きになっていきます。
だって、両親が無条件で好きでいてくれるのですから。

 

何故「自己肯定感」が大切なのか

成長していく中で、子ども自身が周りと自分を比べるようになってきます。
初めは「いいな」「羨ましいな」くらいの気持ちかもしれませんが、
そのうちに「僕は○○くんみたいに早く走れない」と考えるようになり、
「早く走れないからカッコよくない」と落ち込み、
やがて「僕は足が遅いからダメな子だ」と自分を否定してしまいます。

他人と比べてダメだと思う。
まさにコンプレックスですね。
誰でも持っています。
足が速い子ももしかしたら「僕は絵が上手く描けない」と思うかもしれません。

私は~~ができない。
この気持ちは成長過程で必ず生まれる気持ちです。

でもその先で、「私はダメな子だ」と思うか思わないか。
それは「自己肯定感」があるかないかで変わってきます。

「僕は足が遅いよ。早くなんか走れない。ダメな子なんだ。
一等賞じゃないのかーって、お父さんもお母さんもがっかりするんだ。
二人ともなんでもできる子が好きなんだって」

「僕ね足が遅いの。一等賞になりたいけど難しい。でもねダメな子じゃないよ。
なんでかって?なんでかな?だってお父さんもお母さんも僕のこと大好きだっていうよ。
僕がいるだけで嬉しいんだって。一等賞?いつかなれると思うよ」

極端な表現ですが、物事の受け取り方がそもそも違ってくるのです。
自己肯定感が高い子どもは、叱られ上手でもあります。
「やったこと」が悪くて叱られるのであって「やってしまった自分」が否定されているとは思わないからです。

 

肯定感は人生を支えていく

子どもたちは成長し社会に出ると、様々な困難にぶつかります。
いじめもそのひとつですね。

いじめられた→学校に行きたくない→学校に行かないなんんて許されない
→元気に学校に通うのが僕の正しい姿なんだもん→行きたくないなんて言ったらダメな子になる
→いじめられるのは僕が悪いのかもしれないし
→でもいじめられたくない→どうしよう→もう死ぬしかない

この負のループはどこで断ち切れるでしょうか。
先に述べたできなくたってあなたが好き。を思い出してください。

学校に行けなくたってあなたが好きよ。
この気持ちが伝われば、子どもは勇気を持って「学校に行きたくない」と言えます。

どんな自分だって、大切で愛される存在なんですから。
自分が好きな自分を大切にしようとします。

生きていく上での、土台。
育っていくための根っこ。
自己肯定感は人生を支えていきます。

あなたのクラスの子どもたちは、自己肯定感が育っていますか?

 

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