犯罪の低年齢化が問題になっている昨今、私たち保育士も危機感を待たなければいけない時がきているのではないでしょうか。
『キレル』と一言に言っても、発達の中では多く見られる姿でもあります。
例えば、2~3歳頃のイヤイヤ期。
できない、いやだ、じぶんで、と主張する中で思いがうまく伝わらずに
「キレタ」ようになってしまうことが多くあります。
言葉をうまく使えないのも一つの原因であると思われます。
また、思春期の反抗期。子どもから大人に変わる道筋で自分の心の変化に戸惑い、
自分の殻を破るのに苦しむ様に『キレル』ことがあります。
今回はこの発達の姿からは少しずれてしまった4~6歳時期の『キレル』を考えたいと思います。
ケンカにもならない
私が担当した年長の子に『キレル』問題を抱えた子がいました。
友達が軽くぶつかって組んでいたブロックが外れてしまった時。
ものすごい勢いで相手にブロックを投げつけます。
座ろうとしていた席に一瞬早く誰かが座ってしまうと、その子が椅子からずり落ちる勢いで押し倒す。
保育士が間に入り話し合おうとしても顔を真っ赤にし肩で息をして今にも掴みかかりそうになる。
時には相手を引っ掻いて傷になってしまうこともありました。
年長児のケンカは、相手と気持ちをぶつけ合い、他人にも考えや気持ちがあることを理解するために
とても大切なことです。
しかし彼の場合ケンカにすらならず、一人で感情を爆発させて相手に危害を加えてしまうものだったのです。
落ち着いているときは友達と楽しく遊べるのですが、
いつ何がきっかけでスイッチが入ってしまうかがわからず常に彼の動きをチェックしなければなりませんでした。
家庭での姿
彼の母はとても忙しい仕事のため祖母の迎えのことも多くありました。
夜勤で戻らない日もあります。
家ではお母さんの表現を借りるとグズグズしていて怒られることが多いとのこと。
朝も急いでいるのにグズグズするのでご飯もきちんと食べずに登園していたことがわかりました。
また、お勉強をちゃんとしなさいという家庭の方針があり、
祖母と過ごす時も幼児用のドリルをやって過ごしたりしていた様です。
ストレス?
保育士から見ると彼は甘えん坊です。
集会などで座っているときは保育士のそばにきて膝に寄りかかる様な仕草を見せます。
保育室でおしゃべりする時も保育士のどこかに触れながらニコニコ喋る様な子です。
当然家でもそうだと思っていたのですが、
触れ合う時間が少ない上に遊びよりお勉強を優先する環境だったことにようやく気付きました。
また、朝食を食べないという話から彼の手がいつも冷たいことを思い出しました。
変われるきっかけ探し
保護者には『キレル』という言葉を使わない様にしながら、
感情が爆発することがあって友達との関係がうまくいっていないことを伝えました。
しかし家庭の環境がすぐに変わることは望めません。
でも何かから始めなければこのまま卒園を迎えてしまう。
何からできるのかを考えました。
体を温めよう
朝食を食べずに手が冷たい。お腹が空っぽなので体温が上がるわけがありません。
また大人でも空腹だとイライラするのは当たり前です。
しかし毎朝グズグズして食べないのであって、
食事が出ていないわけではないのでお母さんやおばあちゃんへのうまいアドバイスも思いつきません。
そこで栄養士に相談しました。
簡単なスープにしてみたらどうだろうか?というものでした。
彼自身に食べる習慣を作ってもらうために口当たりのいいそして暖かいものを少しでも口にしてみようということです。
いくら作っても食べない、お母さんはイライラする、さらにグズグズがひどくなる。
この悪循環を断ち切るために、お母さんはカップスープを溶かすだけ。
彼はふーふーしながら飲める分だけ口をつけることになりました。
毎朝彼は「コーンスープ飲んだんだよ」「今日はかぼちゃの味だった」と嬉しそうに教えてくれました。
我慢の瞬間を作る
朝食の習慣をつけると同時に、友達とのトラブルの解決策も考えました。
まず、トラブルになりそうだと気づいたらすぐに駆けつけ、
叩いたり蹴ったり物に当たったりするのを抱きしめて止めました。
「叩かないよ。大丈夫。落ち着いて。先生に何があったか教えて」
間に合わないこともありましたが、だんだんと興奮しながらも
「俺が座るんだ!!」
と言葉が聞かれる場面も出てきました。
そこを見逃さず
「今叩かないでちゃんと言えたね。すごく叩きたかったのに我慢したね」
という言葉をかけ続けました。
周りの子も言葉で言ってもらうことで、
「知らなかったんだもん」「この席とっといてもらったんだもん」「ちょっとぶつかっただけだもん」
と気持ちを伝えてくれる様になりました。
相手の気持ちが耳に届くと彼の興奮も少しずつおさまってくる様になりました。
成長の兆し
それからは、トラブルになり『キレル』寸前に遠くからでも
「口で言うんだよね」と声をかけると、絞り出す様な声で「ぶつかったから壊れた」などと
相手に言える様になりました。
言い合いが終わった後に
「よく我慢できたね。○○くんもわかって謝ってくれたね」と二人で喜ぶこともできました。
家庭での努力
お母さんと話す中で、家庭でももまた色々と試してくれていたことがわかりました。
朝食をスープにと言ったあたりから、
自分がイライラしすぎていたかな?と考える様になったそうです。
スープ用に彼の好きそうな新しいマグカップを買ったり、
スープを飲んでいる間はお母さんも側に座ってよくみていようとしたりしたそうです。
目が回るほど忙しい中でいつも上手くはいかないと言っていましたが、
ほんの少し自分と子供の接し方を振り返ったことが、とてもいい結果に繋がっていることを伝えました。
いつ気づいたって遅くない
彼が乳児の時にどんな様子だったのかは実は私にはよくわかりませんでした。
毎年担任が変わる保育園では珍しくありません。
でも自分がその子と向き合ったその時がスタートでも遅くないんだなと改めて思いました。
気づいた時がチャンスですね。
あれから時がたち、彼は今大学生です。
サークルに夢中でのびのびと楽しんでいるそうです。
毎年の年賀状の笑顔を見るたびに、あの冷たかった手を思い出します。
今彼の手は、人を叩くためではなくて自分のためにたくさん働いているんだろうな~と。
犯罪の低年齢化などという言葉が聞かれなくなる様に、
保育士にできることがたくさんある。そう信じています。