想像してみてください。
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あなたは今日から遠い異国の地に長期出張をすることになりました。
本当は来たくなかったのに、急な命令でした。
どんな国か、何をするのかの説明もろくにないまま出発しました。
簡単な言葉はわかりますが、難しい会話はできず、右も左もわからない世界。
上司は、次から次にやることを指示してきます。
今頃同僚たちは楽しく仕事をしているんだろうか・・・。
いつも優しい同僚の顔が浮かんでは消えていきます。
日本や同僚が恋しくなり泣いているとその上司は「泣くな」と言いました。
「君はここにいてずっと働いていかなければならないんだから、日本のことは忘れなさい」
多分そんなことを言っていました。
その日から私は泣くこともできずに、悲しい気持ちを押し殺していました。
「こんなところに居たくない」その気持ちだけが募りました。
ある日新しい上司に変わりました。
「君は日本から来たの?」上司の質問にすぐには答えられませんでした。
日本のことは忘れて仕事をしなければならないからです。
上司はかまわず続けます。
「日本っていいところなんでしょ?食べ物が美味しいって聞くよ。どんなのがあるの?教えてよ」
その問いかけをきっかけに私の中の「日本」があふれ出してきました。
日本のいいところ、楽しいところを話し続けているうちにいつしか「日本に早く帰りたい」と声に出してしまいました。
「しまった」と思いましたが、時すでに遅しです。
帰りたい気持ちと、叱られるかもしれない恐怖で涙が溢れてきました。
上司は肩に手をおいて優しく語りかけました。
「泣きたかったんだね。日本に帰りたかったんだね。慣れない場所に来たんだ、当たり前だよ。急に言われて来たんだろ?ここがどんなところかもわからなかったんだね。」
思いがけない言葉の連続にさらに涙があふれて来ました。
「もしかして、いつ日本に帰れるのかも知らないのかい?」
上司の言葉に力なく頷くと、ポケットから手帳を取り出してある日を指さしました。
「ここ、ここ。この日に君の同僚が迎えに来るんだよ。お土産をいっぱい持って日本に帰れる日さ」
なんと、帰れる日が決まっていた?
しかも同僚が迎えに来るって?
ただその日は少し先の日付でした。
「泣きたい時は泣くといいさ。泣き止んだらできることを精一杯やってくれればそれでいいんだよ。我慢なんかしてたら心が疲れちゃうぞ。それに、この国もそんなに悪いとこじゃない。景色が綺麗なとこがたくさんあるんだ。今度案内しよう」
笑って喋る上司の顔を見ていたら、肩の力が抜けてきました。
「日本に帰る日、決まっていたんだ・・・」
今までもう永遠に帰れないんじゃないかと思っていた暗い気持ちが急に前向きになるのを感じました。
「お腹が空きました・・・」
思わず言ってしまった。安心したらお腹が空いて来るなんてと自分でも驚きます。
上司は嬉しそうに笑うと
「よし、とっておきの美味しい店に案内するよ。あー日本には負けるかな?」と立ち上がりました。
一緒に立ち上がった私の顔にはもう涙はありませんでした。
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いかがですか?
右も左もわからない世界に行った日本人の気持ちになって読めましたか?
それでは、上の文の
「上司」を「保育士」に
「異国の地」を「保育園」に
「日本」を「おうち」に
「同僚」を「お母さん」に
入れ替えてもう一度読んでみてください。
あなたは誰ですか?
・・・そう新入園児です。
私は新入園児を迎える時、いつも上の文のような想像をしています。
この文の中で何が一番辛いと思いますか?
遠い異国に来たことですか?
いつ帰れるかわからないことですか?
・・・私は「泣くな」と言われることだと思います。
保育士はもちろん「泣くな」なんて言葉は使いませんが、「泣かないよ。大丈夫。おもちゃあるよー」と言葉たくみに「泣くな」と伝えているわけです。
もちろん「保育園は楽しいところだよー」と伝えることは大切ですね。
でも、上の文のような世界を想像をしてみると、「楽しいよー」と伝えることよりも、「お母さんがいいよね」「おうちがいいねー」「辛いねー」「泣きたいねー」と共感してあげることの方が最優先であると思うのです。
気持ちを共感してもらい、抱きしめてもらい、思い切り泣いているうちに、やがてお迎えが来ます。
気持ちを出す
↓
その気持ちを受け止めてもらう
↓
また気持ちを出す
↓
時間が来るとお母さんが来る
この繰り返しの中で、気持ちを受け止めてくれる保育士を「信頼」し、お母さんが必ずお迎えにくると「信じること」ができるようになり、保育園が「安心できる場所」だと心から思えるようになります。
安心できる場所で、信頼できる保育士と過ごすから。保育園は楽しい場所なんですよね。
この工程を踏まずとも慣れてしまう子も、もちろんいます。
でも泣かずに遊んでいた子が、4日目くらいに急に泣き出し、その後幾日も続いてしまった・・・という経験は、長く保育士をしている方なら何度もあることと思います。
気持ちを解放してそれ受け止めてもらうという工程を飛ばしてしまったので、本当の意味で慣れるのに時間がかかってしまいます。
「泣きたい」と思った時にたくさん泣ける、そんな雰囲気の保育室でありたいですね。
そんな私ですが、大泣きの新入園児をずっと抱っこして過ごしていたら、耳鳴りが酷くなってしまったことがありました。
夜寝ていても耳の奥で「ママァァー!!」という声が響いているような気がしていたら、急に「キーーーン」と鳴るようになってしまい、病院へ。
私も医者も笑いながら診察したのを覚えています。
みなさんも、思わぬ体の症状には気をつけてくださいね。