新人保育士物語〜お弁当は愛の味〜

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私は門の前に立つと大きく深呼吸した。
そして肩からかけたカバンを覗き込み呟いた。

「上履き・・・ある。エプロン・・・よし。ジャージ・・・よし。三角巾・・・あれ?あっあった。割烹着・・・おっけー」

公立保育園に合格して大喜びしたのはついこの間。
あっというまに今日という日を迎えた。

新卒全員が集められて区長の祝辞(訓辞かな?)を聞き配属先が発表になったのが1時間前。
この簡単な地図でよくたどり着けたなと、自分で自分を褒めてあげたい。

私立に受かった友人は研修期間があったのに、私は今日まで配属がわからないなんて嘘でしょ?と思っていたが、本当に今日初めて知ったのだ。

「大木区立 下平保育園」門の横の園名を確認して、呼び鈴を押す。
「はい」インターホンから返事が聞こえてきた。

「あ、あの私、今日からこちらで・・・」
最後まで言い切る前に「あー加藤田先生?入ってきてください」と声がかぶさってきた。

 

もう一度スーツの襟を正して門を開ける。
玄関までは園庭を通って行くようになっていた。
小さい子達が砂遊びや滑り台をしているのが見えた。

玄関を見るともう扉を開けて一人の保育士が待っていてくれていた。
早足で向かう。

「今日からお世話になります。加藤田です。よろしくお願いします」
ちょっと声が震えてしまったが、ちゃんと挨拶ができてホッとする。

「主任の山村です。上履き履いてどうぞー」
慌ててカバンから上履きを出して履き替える。
新品の上履きは、真っ白だけど形が潰れていて少し履くのに手間取った。

 

「園長先生、加藤田先生です」
山村主任が声をかけた先には、メガネをかけた保育士が座っていた。

革ひものメガネストラップが目に止まった。
メガネを外すとストラップで首からぶら下がるようになっていた。

それを見ていると
「園長の石倉です。宜しくお願いします」

「あ、今日からお世話になります。加藤田ひろみと申します。宜しくおねがいします」
園長先生に挨拶を終えると早速、園長とのオリエンテーションとなった。

必要な書類を渡したり、園の概要をざっと説明された。
緊張してあまり頭に入らない・・・と思っていたら後で主任に詳しく聞いてねと言われて少しホッとする。

「先生には、2歳児。りす組をお願いしますね」
2歳児か・・・頭の中で呟く。

実習ではあまりうまくできなかった思い出がよぎった。

責任実習が散々な結果だったのだ。
幼児クラスだったらよかったのにな、と考えていると、山村先生に呼ばれた。

「園内は後で案内するからとりあえず着替えてクラスに行きましょう」

 

ロッカー室は思ったより狭かった。
「ここのロッカーをつかってね」と教えられたロッカーを見ると折り紙で作った桜が貼ってあった。

その真ん中に「ようこそ、加藤田先生」と可愛い字で書いてある。

「わ」
思わず声が出る。

「先輩たちが作ってくれたのよー。よかったわね。」
嬉しい。何か心の奥がくすぐったいような嬉しさがじわっと湧いてくる。

「ありがとうございます。頑張ります」
今日一番の大きな声が出た。

 

着替えた後山村先生についていくと、リス組の保育室に案内された。
子供達はちょうど園庭から戻った所のようで、手足を綺麗にしたり着替えたりしていた。

どの子も私をチラチラと見ている。

「櫻井先生、今いい?」
山村先生が声をかけると一人の保育士が立ち上がってこちらに来てくれた。

「リーダーの櫻井です」
「加藤田です。よろしくお願いします」

「取り急ぎでごめんなさいね、あちらから上田先生、佐藤先生、あとはアルバイトの吉田さんです」
みんな笑顔で頭を下げてくれた。
私も一人ずつに深く頭を下げた。

「さっ、早速頑張ってね」
山村先生が私の肩をぽんと叩いて去って行った。

 

「先生、とりあえず子供達の着替えを手伝ってください。名札を見てこのかごから着替えをとって」
「はっはい」

いよいよ始まった。と思ったのは覚えている。
そのあとはなんだかよく覚えていない。

着替えから、食事の準備、食事の世話、片付け、午睡の準備、寝かしつけ・・・
言われるがままにとにかく動いて動いて動いて・・・

ズッーーーと「はい」の言葉を繰り返していたような気はする。
途中私を拒否する子もいて、食事の席を動かしたりしたが、実際何がなんだかわからなかった。

子供達の布団の間に座ってトントンしているとき、ひどく喉が乾いていることに気がついた。

「バタバタしててごめんね先生。先生の担当の子もちゃんと教えてないよね。今先生の周りにいる6人が先生の担当だよ。また後で紹介するね」

見ると教えられた子たちは、そういえばさっきご飯を食べさせた子たちだった。
私を嫌がって席を変えてた子もいる。

私の表情を読み取ったのか櫻井先生が続ける。
「ななほちゃんは、ちょっと変化に敏感なだけだから大丈夫だよ。遊んでいるうちに慣れるからね」

なぜだかうなずくのが精一杯だった。

櫻井先生は他の保育士に目配せして、私を連れて午睡の部屋を出た。
「さ。まずお昼を食べましよ。あとはそれからね」

 

休憩室はあまり広くない印象だった。
もう何人もの保育士がご飯を食べていたからだろうか?。

「皆さーーん。新人の加藤田先生です」
櫻井先生が紹介してくれたので、私も慌てて頭を下げた。

「うさぎ組の〇〇でーす」「私はキリンの〇〇です」と次々自己紹介されたが圧倒されて全然覚えられなかった。

「さ、お弁当食べよ。持ってきた?」
「あっはい」そう言ってカバンを開ける。

あれ?あれ?お弁当・・・お弁当・・・おべ・・・ない。
「あの・・・忘れて来ました・・・」

私の言葉に周りの保育士が一斉に振り返った。
「え?忘れて来ちゃったの?あらららー」

なんか恥ずかしさと、もしかして怒られちゃう?みたいな気持ちが入り混じって下を向いてしまった。

すると何やらガチャガチャ騒がしくなって来た。
「あーあのお皿とってー」
「ラッキー。割り箸発見でーす」
「先生もっと可愛く盛りなさいよー」
「加藤田先生梅干し平気?」

見るとお皿に少しずついろんなおかずが乗っていて、おにぎりが2こ添えてある。

「え?あの?でも?あ・・・」
ちょっと口ごもっていると

「先生運がいいわー。みんな大食いだからお弁当たくさん持って来てたんだよ」
「おすそ分けー」
「食べなー」
「なんか歓迎会みたいじゃない?」
「えーもっと豪華じゃなきゃねぇ?」

みんなが笑いながら勧めてくれた。

「あっ、ありがとうございます。すみません。すみません。」
みんなの顔を見ながらお礼を言っていると顔が赤くなるのを感じた。

「もう同じ釜の飯を食った仲間だね。先生」
「あー、いいこと言ったー」

みんなが大笑いする。

 

私、とっても素敵な園に配属されました。
そう後でお母さんにメールをしよう。
一人暮らしで心配してたから、お弁当忘れたのは怒られそうだけど・・・。

これから何があっても先輩が支えてくれる。
そう思えたし、私もそういう人になりたいなーとも思えた。

このおすそ分けの味、ちゃんと覚えておこう。

「美味しいです。」
今度は本当にいい笑顔で返事ができた。

保育士1年生。
頑張ります。

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